磁石で手首を骨折した男のブログ

磁石で手首を骨折した男のその後

骨折はいかなる時にも起こりうる

はい、皆さんこんにちは。

 

私は磁石で手首を骨折した男である。

 

この経験が不幸であったかと言われれば必ずしもそうではない。

 

この経験こそが私は現在の私に至らしめた出来事であったと今となっては思う。

 

その全貌をお伝えする前に私は骨折と言うものはどんな時にも思いがけずして起こるものだと言うことを皆さんに理解してもらいたい。

 

 

駅に向かって走っている時

 

階段を上っている時

 

誰かと喧嘩している時

 

スーパーで買い物している時

 

家の片付けをしている時

 

勉強している時

 

理科の授業中

 

 

上に挙げた全ての行動が骨折する可能性を秘めている。

 

 

 

皆さんそれ上に挙げた全ての行動が骨折する可能性を秘めている。

 

 

 

既にお探しの方もおられるでしょう。

 

 

 

私が骨折をした原因は、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

理科の授業である。

 

 

 

私は中高一環の学校に通っていた。

 

私のクラスは中高6年間を通してほぼ同じクラスメイトであった。

 

毎年毎年代わり映えしないメンバー。

 

これが何を示すかと言うと、すべての生徒は一度確立してしまったキャラクターを二度とぶち壊すことができない。

 

イメチェン不可。

 

それが私たちが背負わされた宿命であった。

 

私も例にもれず、その宿命を背負わされた生徒の1人だ。

 

6年間ずっと同じクラスメイトであれば新しい友達を作る努力をする必要など全くない。

 

 6年間ずっと同じクラスメイトであれば新しい友達を作る努力をする必要など全くない。

 

しかしそれと引き換えに背負わされたキャラクター固定と言う代償はあまりにも大きかった。

 

私のキャラクターは、

 

とりあえずチャレンジするキャラ

 

であった。

 

そのキャラの名が示す通り、私は何にでもチャレンジさせられた。

 

いじめられていたと言うわけではない。

私は何にでもチャレンジさせられた。

 

いじめられていたと言うわけではない。

 

経験した人も多いであろう、先生が〜してみる人〜?とクラス全体に尋ねるといったようなことを。

 

私のクラスメートはそういうときには必ず私が行かなければならないような空気を作った。

 

私に行け!と直接言っているわけではない、しかし彼らが作り出す空気は行け!と実際に言う以上の圧力を生み出していた。

 

 

ある日の理科の授業中、私はいつものように先生が生徒からボランティアを募集した際に前に行かされた。

 

その日のボランティアとしての任務は、

 

磁石の強さを体感することであった。

 

体感と言えば聞こえは良い。

 

しかし、私が体感と言えば聞こえは良い。

 

しかし、私がただその磁石を触って「この磁石強いですね」と言って事が終わるはずがない。

 

 

私は、その磁石を外すためにすべての力を使い切っても構わないとばかりに、あらん限りの力をその磁石をはずすために使った。

 

すると磁石から、(ボキッ)と言う奇妙な音が聞こえた。

 

私は磁石が外れたのかと思い、歓喜した。

 

しかしよく見ると磁石は外れていなかった。

 

私はもう一度全身全霊の力を込めて磁石を外そうとした。

 

その時私は、私の手首がありえない方向に曲がっていることに気付いた。

 

気づいたとき私はもう一度全身全霊の力を込めて磁石を外そうとした。

 

その時私は、私の手首がありえない方向に曲がっていることに気づいた。

 

気づいたときには後の祭りである。

 

私の手首は複雑骨折であった。

 

1発目の音は磁石が外れた音ではなかった。

 

私の手首の骨が砕けた音だった。

 

 

その1ヵ月前に反対側の手首を骨折していた私はすぐにわかった。

 

これは骨折だ。

 

でもその時の私はそんなことなんてどうでもよかった。

 

私はとにかく悔しかった。

 

どうしてもその磁石を外したかった。

 

みんなの前で外したかった。

 

私は骨折していることなんて気づいていたけれど、もう一度全力をその磁石にぶつけた。

 

でも外れなかった。

 

鈍い痛みだけが私の手首に残る。

 

私は必死に痛みを隠しながら、笑顔で自分の席についた。(内心では痛みのあまり泣き叫んでいたけれど)

 

今思えば私の負けず嫌いはその頃から今まで何も変わっていない。

 

私は負けるのがとにかく嫌いだった。

 

その時だって、心のどこかでは負けた事は分かっていた。

 

その負けたことの悔しさの痛みを埋め合わせるためにさらに自分の体の痛みを求めたに違いない。

 

悔しさによる心の痛みと骨折による体の痛みが相殺しあって、その時は何とかその悔しさを耐え忍ぶことができた。

 

 

その後他のクラスメイトがその磁石を外すことにチャレンジした。

 

彼は1つ受領した。

 

その中に気づくことができたのはきっと私だけだった。

 

私は知っていたその磁石を少しずらせば朝の磁石が外れるんだと言う事

 

でも私はそれをしなかった、正々堂々磁石と戦った。

 

でも彼は磁石をひねった。

 

私が意図した通り、その磁石はいとも簡単に外れた。

 

そしてクラス全員が彼に拍手をした。

 

私は悔しさのあまり、爪を私の身に食い込ませた。

 

悔しいときの癖だ。

 

爪を外した後の 悔しいときの癖だ。

 

爪を離した後の傷口の深さは、その時の悔しさの深さを示す指標となる。

 

爪を刺した後の私の目からは血が溢れ出ていた。

 

 

私は先生に保健室に行くことを申し出た。

 

その時は骨折の痛みなんてどうでもよかった。

 

とにかくその悔しさが私の心をナイフでズサズサと繰り返し刺していた。

 

私に付き添ってくれると申し出てくれた保健委員を、鬼の形相で突き放し、私は教室を出た。

 

教室を出た瞬間、涙が溢れてて前が見えなくなった。

 

その教室から保健室に向かうまでのわずか100メートルの間で、私は1リットルの涙をこぼした。

 

その時の悔しさは今でも思い出しただけで心が震えるほどだ。

 

その日は結局早退した。

 

僕は自転車通学をしていたので、自転車で帰らなければならなかった。

 

今考えれば電車で帰ると言う選択肢もあったんだろうけど、悔しさに押しつぶされそうになっていたその時の私にはその選択肢はなかった。

 

私は混雑の限りを尽くした駐輪場から私の自転車を引っ張り出さなければならなかった。

 

片手でできるようなものなんかじゃない。

 

でも私には片手しかない。

 

いや、私には骨折している左手があった。

 

私は悔しさからの解放を夢見て、その左手で自分の自転車を引き抜いた。

 

その時出ていた涙が悔しさによるものだったのだろうか、それとも痛みによるものだったのだろうか。それが今となってはもうわからない。

 

私は40分自転車をこいで家に帰った。

 

家に着いた時、テレビをつけて家のクッションに顔を埋めた。

 

涙が止まらなかった。

 

骨折までしたのに、私はその磁石を話すことができなかった。

 

泣きっ面に蜂とでも言おうか、次涙が止まらなかった。

 

骨折までしたのに、私はその磁石を外すことができなかった。

 

泣きっ面に蜂とでも言おうか、別のクラスメイトがいとも簡単にその磁石を外した。

 

私は彼よりも力が強いと言う自負があった。

 

だからこそ余計悔しかったんだ。

 

家に帰ってないと言った時、私が骨折していると言うことを知っているのは私自身だけであった。

 

そう考えるとなぜか世界の大きさを実感した。

 

と同時に寂しくなった。

 

私の心身の両方からくるこの痛みは、私だけのものなんだ。

 

絶対にこの日のことは忘れない。と誓った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして私は今大学生だ。

 

大学3回生だ。

 

今も負けず嫌いは変わらない。

 

でもこの負けず嫌いは私の強みだったんだ。ということを今になって実感した。

 

私があの頃から今に至るまで成し遂げたすべてのことは、この負けず嫌いがあったからこそできたことだったと思う。

 

あのときの骨折は、私の負けず嫌いさを露呈しただけでなく、その負けず嫌いさをさらに強固なものにしたと思う。

 

だから私は、骨折に感謝する。

 

ありがとう。

 

起こり得る全ての事は、きっと意味のあることだから。私は絶対、私に起こる災難を厄介者扱いになんかしない。

 

私には悔しさをバネにする力がある。

 

だからどんな困難だって、その悔しさの関数にあてはめて出力したらすごい力を発揮できる。

 

 

令和元年、おめでとう。